2012年7月10日火曜日

産廃闘争から学ぶ(仮)


私たち「子供の未来を守ろう☆白石」のブログでは、なるべく政治に関わる事を記事として載せないようにしてきました。
しかし、この放射能対策をしようとすれば必ず「政治、行政」の壁に当たらざるをえませんでした。

今まで白石市、市長、市議会議員、国会議員、宮城県、宮城県知事、文部科学省、環境省など様々な人や機関にアプローチしてきましたが納得出来る回答が貰えた事は一度もありません。

前回の記事大野栄光市議会議員の一般質問でも書きました、白石市産業廃棄物問題が、今回の放射能問題と非常に酷似していること、白石ではこんなに素晴らしい条例が10年前に作られていることを、より多くの若い世代の人たちに知っていただきたく、また、10年前に産廃闘争を一白石市民として戦い抜いた世代の方達に思い出していただきたく、記事にすることにしました。
(いち主婦の言葉でいいますと、「なにこれ国とか県とかに逆らって決定覆した事例あるんじゃーん!今の市役所上層部のひとはコレ経験してるんじゃないの!?これ元に放射能もうまい事やってよ〜!基準値以内とかの問題じゃなくて汚染されてるってことに市民とともに怒ってくれよ〜」と思わせてくれる内容です)

簡潔にまとめますと


・県の許可が下りた産廃処分場であること
・そのバックには、国の産廃政策が存在する事

国策に近い形での白石市での処分場建設でしたが、市を挙げての反対運動が起こり、有権者の9割をこえる署名が集まり、産業廃棄物最終処分場建設の是非を問う首長主導の住民投票が行われ、これは全国にも例のない首長主導の住民投票となりました。
結果投票率70、99%

賛成859票
反対21,535票

市内有権者三分の二をこえる市民が反対の意思表示をしました。
しかしながら、これだけでは限定された自治体のローカルな産廃問題でしかないため、他の市町村とタッグを組み同じ問題を抱える自治体にさらに呼びかけ全国産廃問題市町村連絡会が開催されました。

この問題後、白石市に新たな条例が加わりました。
平成13年 3月9日

(目的)
第1条 この条例は、水道法 (昭和32年法律第177号。以下「法」という。)第2条第1項の規
定に基づき、住民の水道に係る水質の汚濁を防止し、安全で良質な水を確保するため、 その水源を保護するとともに、きれいな水を住民が享受する権利を守り、もって現在及 び将来にわたって住民の生命及び健康を守ることを目的とする。

当時の市長さんの残された言葉に非常に感銘をうけ、首長とは本来こうあるべきではないかと思い、ここに記したいと思います。


子孫への負の遺産をのこすことなく。
本条例の制定にあたっては、産業経済活動よりも、市内で生活する住民の理論を優先し、本市の地域特性を踏まえた『きれいな水を享受する権利』と明示してある。
つまり、私たちは汚された水から汚染物質を取り除いた、浄水したものを享受するのではなく、先人が守り続けてきたという歴史のある自然のきれいな水を享受する権利を持っているという確信を示すものである。






産廃問題に挑んだのは、遠い昔の話でもなければ、特別に優秀な市民がいたわけでも無く、私達のごく身近な人や、父母、市長(行政)と共に産廃問題を正面から受け止めたのです。
今回の放射能は規模、質ともに産廃問題より大きなものである事は間違いないとおもいます。
ですが規模が大きい、時代が違う、市長が違う、若い世代が少ない、あの時とは、と線を引く理由はありますが、今の現状は進むべき道が逆なような気がしてなりません。 


原発事故後、地団駄を踏んで前向きに歩めない時間を首長(行政)も住民も約1年半を共に過ごしてきました。


規模、質の大きさに臆する事無く「汚染されていない豊かな環境」を取り戻すという道を市民一丸となって、または汚染された自治体一体となって、歩んでいってほしいです。




 *白石図書館に寄贈されています川井前市長の著書『吾亦紅』の第三部 産廃闘争十年を参考にさせていただきました。
(こういうの新聞記者とかが読んでくれて記事にしてくれたら新聞もおもしろいのにな〜なんてね)

2 件のコメント:

  1. 前回のブログを見て、白石でこんな戦いをしたのかと本当に驚きました。是非とも放射性物質という産廃とも戦って欲しいなと思います。

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  2. 結局トップの考え方次第っつーことか。。。白石終わったな。

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